
不死鳥、復刻なるか? 超幻のアイテム旧・今井科学の『ゼロX号』をおえっっ!
「今井科学のサンダーバードシリーズ“ゼロX”は、その金型がブラジルに渡り、そこで行方不明となってしまった…」マニアなら、一度は耳にしたことのある逸話がここにある。まるで都市伝説だ。
昭和42年(1967)、今井科学の「サンダーバード・プラモデル」の大ヒットは、日本プラモデル史上に残る一大ムーブメントだった。工場フル稼働で日産4万個生産しても間に合わなかった、と言われるそのブームは、TVシリーズに登場するメカキャラクターを、次々と間断なくプラモデル・シリーズとして生産、リリースして行く、というスタイルのまさに先駆けであり原型であった。それら多くの名キットの中にあって、いまだに語り種になっている伝説のアイテムが存在する。1967年11月に発売された『火星探検機ゼロX号』である。同年7月公開された劇場版『サンダーバード』に登場する、ウィングスパン約300メートル! という巨鳥のような宇宙機だ。この『ゼロX号』を、今井科学はTBブームの総決算として、当時としては破格の1,200円という高額キットとしてリリースした。牛乳一本が21円、瓶ビールが120円の時代である。キット全長は430ミリにも達する大きさで、劇中の期待分離、結合アクションなどを盛り込んだ心躍る夢のようなアイテムだった。───《中略》───

プラモデル業界への参入のチャンスを狙っていたバンダイは、倒産した今井科学の生産工場とスタッフ、金型の一部を引き取り、模型業界に乗り込んだ。45年(株)バンダイ模型がスタートする。───《中略》───今井科学の遺産であるTBプラモデルは好調で、おおいに売上に貢献した。TBシリーズを始め、目ぼしい人気アイテムを選び引き取っていたことは幸運だったのだ。バンダイ模型はさらに自社でもTB新金型を製作し、そのラインナップに加え、事あるごとに仕様を変更し、復刻されて来た。
しかし! 最大の人気商品であったはずの『ゼロX号』だけは、いつまで経っても、どれだけ望まれても、とうとう再販・復刻されることは無かった。───《中略》───

歳月は流れ2006年、今年はサンダーバード日本上陸40年にあたる。奇しくもバンダイは最新の機能を備えた企画・生産拠点、ホビーセンターを模型王国、静岡に建設し、保有している様々な金型を保管、整理した。コンピュータから吐き出される金型リストは36年間分の膨大な量となり、その歴史を感じさせる。そこには保有する金型の種類、コンディションまでが書き込まれていた。───《中略》───そのリストに目を通していた筆者の目に次の文字が飛び込んだ! 『0X コンディション』…未記入!
おおおおっ! これはまさか! いやいやそんなはずはない。ゼロXの金型はブラジルへ…。そうだ、今井科学は後に当時200円のミニゼロX号も生産し、それは再生イマイによって再販されてきた。その増し型(金型のコピー)がバンダイへ渡っていたのだろう。再生イマイと新星バンダイは同じ商品を発売していたこともあったのだから不思議はないと、自分を納得させた。しかし、幾度目かのチェックの際その『0X』の金型が7型あることに気が付いた! なっ…7型? 幻のゼロXキットは金型が7つあったのだ! そう!幻のキット、ゼロXの金型は、そこに眠っていたのである!!
文/柿沼秀樹(DARTS)
月刊電撃ホビーマガジン1月号(メディアワークス発行)
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「金型がブラジルに渡り行方不明。二度と生産されることが叶わない幻のキット“ゼロX号”」。手に入らない超絶版プラモデルを想い、サンダーバードファン達は、何度ため息をついたことだろうか。その幻の金型が、唐突に発見されたのである。それも、バンダイ・ホビーセンターの倉庫である。まさに「灯台下暗し」であった。
───《中略》───
「新工場建設」そんな流れの中で、「ガンプラの開発物語を一冊の本にまとめて、新工場竣工記念式典でお世話になった方々に配布する」という企画が動き出した。そして、その記念出版物の執筆依頼が「バンダイに在籍していたから…」という理由で、電撃ホビーマガジン編集部を経由して私のところに回ってきたのである。しかし、いくら私がバンダイ模型に在籍中、ガンプラの開発や、当時巻き起こったブームをリアルタイムで体験したとはいえ25年以上も前のこと、記憶もかなり曖昧であったため、それなりに取材をしなければいけない必要に迫られた。2005年の秋のことである。
バンダイが、新工場建設にあわせて、旧今井科学から1970年に引き継いだ「西久保工場」。1980年と1981年に袖師に竣工した「成形工場」と「開発棟」。その他市内に点在する倉庫をすべてチェックし、ボックスアートや設定資料、商品サンプル等のリスト化作業をしていることを知った私は、関連する資料の提供をバンダイ側に求めた。その中のひとつに「保管金型仕分表」があった。A4サイズ、70ページに及ぶ「保管金型仕分表」には、スケールモデル、キャラクターモデル、OEM生産品様々な金型が、整理番号とともに記載されていた。「執筆に役に立ちそうな資料だ」漠然とだが、そう思った私は、「保管金型仕分表」の貸し出しを願い出た。常識的に考えて本来、社外持ち出しは難しい重要な社内データであるが、バンダイ自身が原稿執筆の発注者であったために「コピー不可」を条件に借り受けることができたのである。
───《中略》───
そんな折、「ガンプラ開発真話」に寄稿文をお願いしていた柿沼氏が、たまたま打ち合わせのために訪ねてきたので「保管金型仕分表」を見てもらうことにしたのである。柿沼氏は「保管金型仕分表」の中に「ゼロX」とだけ書かれた欄を発見。しかし、(ブラジルで行方不明になった金型がこんなところにあろうはずがない)と思ったのだろう、冷静に「ゼロX号ね…200円のミニゼロXかな…」と独りごちていたのだが「いち、にい、さん、しい……なな」金型数を確認していた柿沼氏の声が次第に大きくなっていった。
「金型が7型…こ…これは!もしかして、あの“幻”と呼ばれる…ゼロX号か?…そんなはずはない、あれは確かブラジルに渡って行方不明…しかし、そのゼロX号も7型だったはず…加藤さん! この金型が本当に、あのゼロX号なのか、全長43cmのゼロX号なのか、確認してください!」
柿沼氏は、間違いなく興奮していた。こうして40年間行方不明だった「幻のゼロX号」の金型は発見されたのである。プラモデルそしてサンダーバードに造詣が深い柿沼氏だからこその発見である。
2006年春、しかし、この時点ではまだ「データ上の発見」であった。
───《中略》───
バンダイから、我々の手元にゼロX号のテストショットが届けられたのは2006年6月であった。テストショットの状況から判断すると、金型は予想以上に良い状況だった。もちろんかなりのメンテナンスが必要であることは確かであったが、40年間一度も再生産されず封印されたままグリス漬けになっていたことが幸いしたようだ。
重くて大きな金型を動かしてのテストショット。多忙な日常業務の中、儲からない仕事(たぶん)にも関わらず割と素早い対応は、復刻への協力を約束してくれたバンダイの言葉が本当であったことを物語っていた。出足は順調であった。
しかし、問題が発生する。送られてきたテストショットは6型分のパーツしかないのである。データ上では確かに7型存在するのだが、「ミサイルの型」が行方不明だというのである。新型を作らなければいけないのか?金型を新たに製作した場合の費用は?「復刻」への動きは、一度止めざるをえなかった。しかし、その後8月に入って「ミサイル型発見」の報が届く。そしてテストショットが届いたのは9月に入ってからのことであった。
金型は揃った。次はゼンマイやタイヤといった関連パーツである。漠然とではあるが、「なるべく当時の仕様に近づけた復刻をしたい」とイメージしていたので、この「ゼンマイ」が復刻の障害になるだろうことは予測をしていた。
───《中略》───
当時のメーカーで、現在もゼンマイを生産しているメーカーは既に一社もない。プラモデル業界のゼンマイ需要が衰退していくのは、『宇宙戦艦ヤマト』で始まり、『機動戦士ガンダム』でできてしまった「キャラクタープラモはディスプレイ」という流れが大きな要因のひとつであることは間違いがない。はたして、ゼンマイメーカーは現在の日本国内にまだ存在しているのだろうか?
そんなプラモデル業界の環境下で、40年間一度も再生産されていない「ゼロX号用のゼンマイ」が、どう考えても存在しているわけがないのである。そして、ゼンマイだけでなくゴムタイヤやその他の金属パーツ、デカールといった副資材の調達も同様に難しくなっている。いっそのこと、金型を改造して「完全ディスプレイモデル」とすべきなのか!? それとも販売価格が高額になったとしても、ゼンマイを初めとする副資材を再現すべきなのか!? ファンは、どんな形の復刻を望んでいるのか!? 我々は、意見を聞くべくコレクターでありサンダーバード研究家の伊藤秀明氏を訪ねることにしたのである。
文/加藤 智(トイズワークス)
月刊電撃ホビーマガジン2月号(メディアワークス発行)
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]]>復刻の前に立ちはだかる多くの問題点。ここでは、その中でも、比較的わかりやすいものを抜き出してみた。なにより大きいのは、上の本文でも言及している、ゼンマイなどに部材の問題。これによって、商品仕様や価格も大きく変更が出るので、慎重に検討したいトコロではある。だがじつはそれ以上に、このサイズが問題なのだ。当時とはプラスチックの素材の性質も、成形機の性能も違っている。今の工法では、ヒケや成形不良などが出る可能性があり、キレイに生産できないかもしれないのだ…! 復刻のためには、解決すべき技術的な問題も出ると想像できる。これはいずれ、バンダイの技術陣への取材で明らかにしていきたいと思う。
【1.巨大さ】
全長40cm超というサイズながら、パーツの断面はかなり薄い。これは昨今の国産プラモデルではありえない仕様と言える。射出成形機が当時とは違うためで、成形不良なども考慮すると、この技術的な問題は大きい。



【2.ギミック】
機首に内蔵された探検車はゼンマイ駆動。機体本体はモーターで電動走行する。これらをクリアするには多くの部材が必要となる。またコストもかさむ。また翼下にはミサイル発射機構も。スプリング…さて。
【3.デカール】
金型は発見されたものの、デカール用の版下などは存在していない。これは新規に起こさなくてはいけないのだろうか? またテトロンやホイル素材のシールという選択もあるが…。

映画『サンダーバード』に登場した「火星探検機ゼロX号」の電動プラモデルは、映画公開からわずか4カ月後の11月下旬に今井科学から当時1200円(モーター電池別)で発売された。当時の月刊漫画誌の定価は200円で、週刊漫画誌が定価60円、公務員初任給が2万3000円の時で、平均2〜3人兄弟のいる子供の1カ月のお小遣いは200〜300円程度。つまり電動ゼロX号プラモは、4〜6カ月分のお小遣いに相当し、67年のクリスマスに頼むか、68年正月のお年玉を工面しなければ買えなかった高価なプラモデルであった。全長&翼長43cmもある電動ゼロX号プラモは、映画と同様に1号翼、2号翼、主胴体部、耐熱ノーズコーン、探検車との5つに分解組立て可能で、主胴体後部に内蔵したRE−14モーター、単三電池2本で車輪走行し、探検車はゼンマイ走行、1号翼と2号翼の下部のジェットコーンがミサイルとしてスプリング発射する優れ物だった。
今井科学は1966年12月にゼンマイ動力「サンダーバード2号」のプラモデルを発売して、1967年5月までに『サンダーバード』メインメカのプラモを次々に発売。7月から電動「ペネロープ号」、8月に電動「ジェットモグラタンク」と電動「イージーキット サンダーバード2号」を発売すると同時に、定価50円の隊員マスコットプラモと並行し、380〜600円程度の電動『サンダーバード』プラモデル・シリーズを展開していた。電動「火星探検機ゼロX号」プラモは、1967年の年末&68年お正月セールの目玉商品として、急ピッチで製造&発売された今井科学67年末のイチオシの『サンダーバード』プラモデルで、当時MBS/TBS系で再放送されていたTV『サンダーバード』では、映画と同じように組立てられる電動ゼロX号プラモデルのCMが放送され、強烈な印象を子供たちに与えた。といってもお小遣い月200〜300円の子供たちの多くは、定価1200円の電動「ゼロX号」プラモを買えた者少なかったに違いない。多くの子供は、約1年後の68年9月に発売されたミニゼンマイ動力で全長約17cmの「ミニゼロX号」プラモ(当時200円)で我慢するしかなかったのであった…。

───《中略》───
著者の後年の今井科学への取材では、電動ゼロX号プラモ金型は米国プラモ会社に売却され、ブラジル生産工場で行方不明となったらしいと聞かされた。結論から言えばこれは、米国パラマウント社の電動「ゼロX号」プラモが70年以降も売れ残っていたために、米国プラモ会社の下請けブラジル工場で生産されていたと勘違いした話だったようだ…。
さらに後年の2003年2月末のIMAI(90年代に社名変更)倒産解散時に、著者が譲り受けたプラモ金型の設計図面の中には、バンダイ模型から発売された4種の『サンダーバード』の図面は無かったのだが、何故か電動「ゼロX号」プラモの図面が残されていた。つまり、図面が無くてもプラスチック部品は生産可能だろうが、金属部品やタイヤなど付属部品の詳細が不明で再生産が不可能だったのではないだろうか…と、04年「サンダーバード・メカニックファイル」本の編集作業中に、設計図面を改めて整理した時にやっと気付いたのであった。

───《中略》───
柿沼氏から「バンダイ新工場の金型倉庫で電動「ゼロX号」プラモ金型が発見された」との電話は、集英社「完全版サンダーバード全記録集ストーリーファイル」の編集&監修が佳境に入った時であった。そして電撃ホビーマガジン誌での金型発見と復刻作業の記事を連載したいとのことで資料協力することとなった。願ってもないことだ。完全復刻するには、ギア・ボックスやゼンマイ部品など金型部品とタイヤの形状を記した設計図面が必要に違いない。著者が廃棄される寸前だった金型図面を譲り受けたのは、このためでもあったのだ!
2度めの資料受け渡しの際、トイズワークスの加藤智氏らも訪れ、復刻への意見を求められた。「仮面ライダー変身ベルト」のように、大人になった多くのファンは当時買えなかった物を、ある程度の金額までなら要望している。加えて、無動力化したために不人気となった復刻プラモは多い。倒産前のIMAIは鉄人28号の歩行ギア・ボックスを再製作、それを他のプラモに転用、色変え再販品を多く発売し、それなりに人気を博した。ゼンマイの省略はいたしかたないが、ファンとしてせめて電動機構の再現とデカール付属の「限定版プラモ」を要望した。そして「新世紀合金ゼロX号」程度の値段でも納得するだろうと意見した。そして電動版モデルの発売後に、改造&部品取り用に安価のディスプレイ版も可能とも提案。いっそホームページを作って、ファンの意見をマーケティング&購入予約してもいいだろう…と。しばらくして、図面とゼンマイ、ギア・ボックス、タイヤなど付属部品の現物を、検討素材として拝借したいとのトイズワークスから連絡があった。少々期待ができるようになってきた…。
文/伊藤秀明
月刊電撃ホビーマガジン3月号(メディアワークス発行)
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]]> バンダイ・ホビーセンターの倉庫から40年ぶりに発見された電動プラモ「ゼロX号」は、1967年(昭和42年)7月15日に日本公開された劇場版『サンダーバード』に登場したゲストメカニックのプラモだ。そもそもゼロX号の設定とは、イギリス政府が人類初の火星探検を目指し、科学と技術の粋を結集させて建造した分離有翼を装備した推定全長約350mもの大型火星探検ロケット機である。約300mの前部1号翼と後部2号翼を装着して水平滑走離陸して、高成層圏で1号2号翼と先端部の耐熱ノーズコーン・カプセルを分離。火星地表に着陸する先頭部の探検車MEVと往復燃料を搭載した主胴体ロケット部で地球〜火星を6週間で飛行、往復約13週間で飛行する宇宙ロケット航空機だ。
TV『サンダーバード』の設定時代は企画時に2066年であったが、米国NASAの月到着陸計画が予想より早まったため、TV放送時に40年早い「2026年」に変更された。だが1999年の版権移動時に設定年代を「2066年」に戻している。ちなみに2001年英国出版(04年に日本出版)された「スーパーマリオネーション&サンダーバードクロスセクション」によれば、ゼロX号は太陽系惑星探査宇宙船となり、その全長は1190フィート=362.71mで、翼長は780フィート=237.74mという、公式な英国設定が発表となっている。
映画『サンダーバード』で2065年に出発したゼロX号1番機は、1号翼内部に潜入したにスパイのフッドの妨害工作で大西洋に墜落。国際救助隊の護衛を得て2067年6月に離陸出発したゼロX号2番機は、火星探検中に火星怪獣“ガンジャ”の攻撃に襲われて緊急脱出した。その2番機は9月2日の地球大気圏内再突入時に2号翼とのドッキングに失敗、5人の乗組員は国際救助隊の活躍で無事脱出したものの、米国の東海岸の田舎町クレイグスビルに墜落したじつに不幸続きの火星探検ロケット機であった。ちなみにこのゼロX号探検車は、映画『サンダーバード』と同時並行制作されていた『キャプテンスカーレット』の第1話冒頭で、ブラック大尉らが恐怖の余りにミステロン基地を攻撃してしまう火星探査車輌として登場している。
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「誰のための復刻か」という自問自答 そして電動ゼロX号は完全復刻へ!!
電動「ゼロX号」プラモデルの金型すべてが発見され、我々の手元にテストショットが揃ったのは2006年の秋であった。早速、復刻の可能性の検討に入ったのだが、真っ先に「ゼンマイボックスとモーターボックスという金属パーツの入手は極めて困難」という壁にぶち当たってしまう。インターネットで「ゼンマイメーカー」と入力・検索してもひっかかるのは、ネットオークションに出品された絶版玩具ばかりである。富山県に東洋ゼンマイという企業が存在するが、そこは玩具やプラモデル用のゼンマイは生産していない。取引先の玩具メーカーに問い合わせてもゼンマイメーカーは見つからない。現在の日本に玩具用ゼンマイボックスを生産しているメーカーは、既に存在していないようだ。中国まで探しに行かなければならないのか…。ただ我々は途方に暮れるばかりだった。


昨年10月のプラモデル・ラジコンショーの会場において、バンダイホビー事業部と復刻検討のための打ち合わせが行なわれた。バンダイ側からもゼンマイメーカーやゴムタイヤメーカーの情報はもたらされなかった。私は悩んだあげく「金属パーツを諦めてディスプレイモデル化しての復刻」という方針を打ち出した。主翼やボディの下に開けられた走行車輪用の穴を塞ぐパーツと、ディスプレイ台の金型を新たに起すというものだ。また、このキットには「ボディの長さがもう少し長い方が、よりかっこいい」という評価がされていることも知っていたために、「ボディの改造用延長パーツを、おまけとして二節分追加するのはどうだろう」という案も出された。
───《中略》───
11月に入ると直ぐ静岡ホビーセンターに出向き、再び復刻検討会が開かれた。出席者はトイズワークスから加藤、そして担当の林。バンダイ側からは大榎氏と岸山氏。そしてオブザーバーとして柿沼秀樹氏が参加した。その会議においてバンダイ側は、見本市会場での打ち合わせに沿ってディスプレイ化のための「穴塞ぎパーツ」を、光硬化樹脂を使って準備してくれていた。なかなか良い感じだ。大雑把な見積りでも、なんとかターゲットプライス内に収まりそうであった。

復刻に向けて本格的に動き出した我々は、協力を求めるべくサンダーバード研究家・伊藤秀明氏の事務所を訪ねた。昨年末のことであった。ゼンマイボックスやモーターギヤボックスの入手困難問題を説明し「ゼロX号復刻はディスプレイモデルで…」という意向を伝えると、伊藤氏は「多少高くなってもいいから是非、完全復刻を再検討して欲しい」と応えた。「ファンは、あの巨大なゼロX号を走らせたいんです。子供の頃のように遊び倒したいんですよ!」と、動力機構再現の必要性を熱く我々に語ったのである。
文/加藤 智(トイズワークス)
月刊電撃ホビーマガジン4月号(メディアワークス発行)
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協力:東北新社、バンダイ・ホビーセンター
資料協力:伊藤秀明
TM and ©1964,1999 and 2004 ITC entertainment Group Limited.
THUNDERBIRDS is a Gerry Anderson Production.
Licensed by Grande Venture.
TM and ©1967,2001 and 2006 ITC entertainment Group Limited.
CAPTAIN SCARLET is Gerry Anderson Production.
Licensed by Grande Ventures Limited.

伊藤氏のアドバイスは説得力のあるものだった。我々は「ディスプレイ化案」を白紙に戻し、再検討せざるを得なかった。「もともと誰のための復刻なのだ?」と自問自答してみると、ゼンマイを手配する困難さを避けるために「ファンはディスプレイでも満足してくれる」と、自分たちに都合良く思い込もうとしていたのだと気付く。完全復刻すれば多少高くなってもファンは支持してくれるだろう。中途半端はダメだ! こうして“ゼロX号完全復刻!”という方針が決断された。
───《中略》───
やはり問題は「ゼンマイ」であった。いわゆる“スルメ”と呼ばれるゼンマイの動力になる金属の薄くて長い板をどうするのか? 解決策が見つからないのである。件の社長が「昔の玩具作り仲間に聞いてみよう」と、調査を請け負ってくれた。しばらく時間が経ち製作所社長から再び連絡があった。「ゼンマイを取り扱った工場に問い合わせた結果、現物通りの製品を探すのは、日本国内はもちろん、中国でも無理ということが判明した。しかし、プレス工場で一から製作することは可能である。ただし非常にコストが高くつく」ということである。恐れていた事態である。どれくらいのコストが掛るのだろうか? 製作が可能であっても高すぎるのでは実現ができない。「高くても買ってくれる」と言ってもそれは限界がある。やはり「少しでも安く提供したい」という思いは変わってはいないのである。
また、新たな問題も発覚する。プラギアを代用する予定だったが、金属製ギアでなければ耐久性がなく破損してしまうというのだ。現状ではその金属製ギアがない。これも新作とならざるを得ないのだ。はたして完全復刻は実現できるのだろうか?
年が明けた1月の中旬。林は、伊藤さんにお借りした現物のゼンマイボックスとモーターギヤボックス、そして当時の設計図面を持ってプレス工場を訪れる。ゼンマイボックスを採寸してプレス型を作ることになり、製作所側から「ゼンマイを分解したいだが…」と問われるが、「それはダメです」と即座にお断りした。分解の際、ツメが折れたら取り返しがつかない貴重品なのである。製作所は「わかりました、なんとかやってみましょう」ということで、またしばらく待機することになった。
その後、しばらくして製作所から連絡が入ったのだが「やはり分解しないと無理。“スルメ”の長さ、ギヤのピッチや配置が分からない」というのである。やむなく伊藤さんに問い合わせてみると「それは勘弁してくれ」というものだった。当然だが困った。すると伊藤さんから「他の今井科学製品で同じタイプのゼンマイを使っていると思われるキットがあるから、それを貸し出しましょう。それなら分解はOKです」となんともありがたい申し出があったのだ。
その後、製作所側から「プレス型もスルメもなんとかいけそうです」という言葉をもらったのだが、まだ懸念があるという。それは「ゼンマイを巻き、組み立てできる工場が存在するのか? 巻ける職人が居るのか?」というものだった。パーツが揃っても、組み立てができなければ意味がないのである。もちろんここで言う「組み立てができる」というのは「コストに見合うスピードで組み立てができる」ということである。しばらく考えていた社長は「うちの安本にでもやらせるか…」と言った。昔からの玩具職人さんがまだ社内に居るようだった。「ゼロX号」の完全復刻は、ベテランの玩具職人さんの腕に委ねられたのである。残す課題は「製造コストをどこまで抑えることができるか」…である。
2007年問題というものがある。2007年から団塊の世代が大挙して定年になっていくのである、技術大国日本を支えてきた技術者が物作りの現場から居なくなってしまうのだ。あと数年したら、ゼンマイの製造など出来なくなってしまう可能性が高いだろう。そんな時代の「電動ゼロX号完全復刻!」これには意味がある。 ■次号へ続く
文/加藤 智(トイズワークス)
月刊電撃ホビーマガジン4月号(メディアワークス発行)
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資料協力:伊藤秀明
TM and ©1964,1999 and 2004 ITC entertainment Group Limited.
THUNDERBIRDS is a Gerry Anderson Production.
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TM and ©1967,2001 and 2006 ITC entertainment Group Limited.
CAPTAIN SCARLET is Gerry Anderson Production.
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40年を経て尚色褪せぬ比類なきマスターピース ゼロX号をディスプレイモデルとして作例する
長い間、幻とされていた電動『ゼロX号』プラモデルの金型がバンダイの倉庫で発見され、そして筆者の元にそのテストショット(試験打ち)が届いた。小学3年生の時に組み立てて以来、なんとじつに40年ぶりの再開である。全長40センチを超えるサイズではあるが、「あああ…こんなに小さかったのかぁ」というのが正直な感想だ。しかし当時身長130センチあるかないかの筆者にとって、それは身長の1/3に迫るか、という大きさだったのだから当然だろう。しかし40年も眠っていた金型だというのに、そのテストショットのコンデイションは良好だった!



今回使用したものはテストショットなので、本来メッキ加工されているべきパーツも成形色のままで、モーターその他の金属、及びゴム部品も存在しない。
厳密に言うとこのキットは映画で使用されたプロップとはプロポーションが少々異なる部分もあるが、今回は復刻再販時のパッケージ用完成見本とも共用させるため、形状・プロポーションの改造は行っていない。しかし飛行ポジションとするため、機体下面のタイヤ穴はすべてプラ板で塞ぎ、機首『探検車』下面にあるキャタピラ収納用扉もプラ板で自作した。完璧プロポーションへの大改造は、またいずれかの機会にぜひ行いたい。


さてこのキット、40年前のものだがパーツの合いも良く、機首にはめ込み式で接続する『探検車』『耐熱カプセル』などは、カチッとフィットするなど、その出来栄えは素晴らしい。機体色はブルーとシルバーを混ぜたメタリックブルーで塗装したが、問題はまだ製作されていないデカール類だった。今回はすべてインスタントレタリングと、テープ類を貼り付けて代用した。実際プロップには今回の作例の何倍もの細かいラインがあるが、パッケージ用なので必要最低限のものに止めてある。またプロップ表面にはスジボリではなくペンによるパネルラインの書き込みが無数にあるがスケール的にこのキットで行うには辛い。それらも含めて大改造にトライするユーザーが現れるのも期待したい。ともあれ完成すると全長430ミリという迫力のキットだ。現在、初版当時の仕様に近づけるべく復刻準備中なので、乞うご期待ということで。
ヨウヤク復刻仕様決定! ツイニ予約受注開始!
2006年春、バンダイホビーセンターの資料の中に、「もうこの世には存在しないはず」と言われ続けてきた電動「ゼロX号」プラモデルの金型らしき記載があることを、柿沼秀樹氏が発見した。そこからすべてが始まったこの「復刻プロジェクト」は、一年以上の時間を経過し、とうとう大詰めを迎えた。
最大の難関は「ゼンマイボックスの復刻」だった。なにしろ、国内にはゼンマイメーカーはすでに存在していないのだ。新規金型を作ることは可能だろうが、問題はコストだ。復刻できてもコストが高すぎてはファンの元に届けられない。一旦は「動力メカを省略してのディスプレイモデル化」という復刻案も検討されたが、「それでは魅力半減ですね」という伊藤秀明さんの声にプレッシャーを感じつつゼンマイ復刻に挑戦。組み立てができる職人さんも見つけ、ついにコスト的にも実現可能なところまできた。
ここまでくると、読者の皆さんが気になっているのは「商品仕様」と「販売価格」だろう。まずは「商品仕様」について報告したい。商品仕様のキイワードは「完全復刻」とした。できる限り当時の状態に近づけた復刻の方が、ファンが喜ぶと明確にわかったからだ。
■成形品?40年前の金型を磨き上げたもので改造は一切なし。ボディに刻印された「IMAIKAGAKU」もそのままだ。唯一「?ITC」という版権元表記が追加刻印される。独特のブルーの成形色も、当時の物にできる限り近付ける。
■金具パーツ?ゼンマイボックス、モーターギアボックスは新規金型による復刻再現。これは図面が現存していなかったために、現物を分解し採寸して新規設計した。
■パッケージ?サイズはもちろんデザインも40年前に今井科学から発売されたままを再現する。パッケージサイズは、横500ミリ×縦305ミリ×高80ミリにもなる。
■その他?ゼンマイボックスが納められる中箱、パーツビニール袋口紙、ゼロX号のイラスト入り帯、組み立て説明図等、すべてが40年前のままの復刻となる。もちろんスライドマークも付属する。

さて、復刻仕様は決まったのだがここに来て問題点が出てきた。参考にすべき当時のキットが手元にないのだ。頼りの伊藤秀明さん所有のキットは、「サンダーバード展」で全国巡業中、帰ってくるのは随分先のことだろう。なんとか手に入れなければならないが、ネットオークションに出品されるはずもない。困っていたところに、一本の電話が入った。電撃ホビーマガジンを読んで「ゼロX号を復刻するんですね。嬉しいなあ…」というコレクター氏からだった。聞くと「ゼロX号」を所有しているという。なんとタイミングが良いのだろう! そこで、柿沼氏を隊長とする私たち「宝の山発掘隊」(今、勝手に命名)は、さっそく件のコレクター・宮田正美氏の自宅を訪れたのである。
行ってみてびっくり! 宮田家には超貴重な絶版プラモが山のように積まれ、まさに「宝の山」状態なのだ。そこに私たちが求める「ゼロX号」はあった。しかも“2個も”である。ひとつは、とても40年を経過したとは思えない美麗な状態で保存されていた。プラモデルを愛してやまない宮田氏の愛情のおかげだろう。
「ゼロX号」のパッケージは、ホッチキスで留めるのではなく「折り箱」といって、端を内側に折り込む方式であるが、その仕様が幸いした。宮田氏は、パッケージを広げ平板状態にして、デジタルスキャニングしてくれる約束をしてくれたのである。このデータを元に色補正を行ない、印刷原稿とするのだ。ホッチキス止めだったら平板状態にすることは、おそらく断られたに違いない。40年前の今井科学の仕様にお礼を言いたい。さらにパッケージのみならず、組み立て説明図、口紙、中箱、帯もすべてデジタルスキャニングしデータ化していただけることになった。
しかし、そんなこちらの熱い思いで決めた「当時のままの復刻パッケージ」を、版権元が許すのだろうか? 私たちは不安を抱きながら3月の初旬、東北新社さんを訪れ、商品仕様の説明を行なった。結果はなんと「OK」であった。東北新社さんの寛大な判断に感謝したい。
じつは、「ゼロX号」の版権は少し複雑である。発売当時は『国際救助隊サンダーバード』の「ゼロX号」という扱いなのだが、現在は『キャプテンスカーレット』の「ゼロX号」という扱いとなっている。したがって今回の商品名は、「キャプテンスカーレット ゼロX号」となるのである。それでは、スキャニングする箱データは何なのかというと、【復刻記念付録】という扱いで許諾をいただいたのである。つまり、当時のデザインのままに復刻された「国際救助隊サンダーバード・パッケージ」の上に、版権としては正規のパッケージである「キャプテンスカーレット・パッケージ」が被せられるのである。「男の復刻倶楽部」ならではの配慮である。

