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2007年03月23日
弐 PART.2

幻のゼロX号の金型は発見された
「金型がブラジルに渡り行方不明。二度と生産されることが叶わない幻のキット“ゼロX号”」。手に入らない超絶版プラモデルを想い、サンダーバードファン達は、何度ため息をついたことだろうか。その幻の金型が、唐突に発見されたのである。それも、バンダイ・ホビーセンターの倉庫である。まさに「灯台下暗し」であった。
───《中略》───
「新工場建設」そんな流れの中で、「ガンプラの開発物語を一冊の本にまとめて、新工場竣工記念式典でお世話になった方々に配布する」という企画が動き出した。そして、その記念出版物の執筆依頼が「バンダイに在籍していたから…」という理由で、電撃ホビーマガジン編集部を経由して私のところに回ってきたのである。しかし、いくら私がバンダイ模型に在籍中、ガンプラの開発や、当時巻き起こったブームをリアルタイムで体験したとはいえ25年以上も前のこと、記憶もかなり曖昧であったため、それなりに取材をしなければいけない必要に迫られた。2005年の秋のことである。
バンダイが、新工場建設にあわせて、旧今井科学から1970年に引き継いだ「西久保工場」。1980年と1981年に袖師に竣工した「成形工場」と「開発棟」。その他市内に点在する倉庫をすべてチェックし、ボックスアートや設定資料、商品サンプル等のリスト化作業をしていることを知った私は、関連する資料の提供をバンダイ側に求めた。その中のひとつに「保管金型仕分表」があった。A4サイズ、70ページに及ぶ「保管金型仕分表」には、スケールモデル、キャラクターモデル、OEM生産品様々な金型が、整理番号とともに記載されていた。「執筆に役に立ちそうな資料だ」漠然とだが、そう思った私は、「保管金型仕分表」の貸し出しを願い出た。常識的に考えて本来、社外持ち出しは難しい重要な社内データであるが、バンダイ自身が原稿執筆の発注者であったために「コピー不可」を条件に借り受けることができたのである。
───《中略》───
そんな折、「ガンプラ開発真話」に寄稿文をお願いしていた柿沼氏が、たまたま打ち合わせのために訪ねてきたので「保管金型仕分表」を見てもらうことにしたのである。柿沼氏は「保管金型仕分表」の中に「ゼロX」とだけ書かれた欄を発見。しかし、(ブラジルで行方不明になった金型がこんなところにあろうはずがない)と思ったのだろう、冷静に「ゼロX号ね…200円のミニゼロXかな…」と独りごちていたのだが「いち、にい、さん、しい……なな」金型数を確認していた柿沼氏の声が次第に大きくなっていった。
「金型が7型…こ…これは!もしかして、あの“幻”と呼ばれる…ゼロX号か?…そんなはずはない、あれは確かブラジルに渡って行方不明…しかし、そのゼロX号も7型だったはず…加藤さん! この金型が本当に、あのゼロX号なのか、全長43cmのゼロX号なのか、確認してください!」
柿沼氏は、間違いなく興奮していた。こうして40年間行方不明だった「幻のゼロX号」の金型は発見されたのである。プラモデルそしてサンダーバードに造詣が深い柿沼氏だからこその発見である。
2006年春、しかし、この時点ではまだ「データ上の発見」であった。
───《中略》───
バンダイから、我々の手元にゼロX号のテストショットが届けられたのは2006年6月であった。テストショットの状況から判断すると、金型は予想以上に良い状況だった。もちろんかなりのメンテナンスが必要であることは確かであったが、40年間一度も再生産されず封印されたままグリス漬けになっていたことが幸いしたようだ。
重くて大きな金型を動かしてのテストショット。多忙な日常業務の中、儲からない仕事(たぶん)にも関わらず割と素早い対応は、復刻への協力を約束してくれたバンダイの言葉が本当であったことを物語っていた。出足は順調であった。
しかし、問題が発生する。送られてきたテストショットは6型分のパーツしかないのである。データ上では確かに7型存在するのだが、「ミサイルの型」が行方不明だというのである。新型を作らなければいけないのか?金型を新たに製作した場合の費用は?「復刻」への動きは、一度止めざるをえなかった。しかし、その後8月に入って「ミサイル型発見」の報が届く。そしてテストショットが届いたのは9月に入ってからのことであった。
金型は揃った。次はゼンマイやタイヤといった関連パーツである。漠然とではあるが、「なるべく当時の仕様に近づけた復刻をしたい」とイメージしていたので、この「ゼンマイ」が復刻の障害になるだろうことは予測をしていた。
───《中略》───
当時のメーカーで、現在もゼンマイを生産しているメーカーは既に一社もない。プラモデル業界のゼンマイ需要が衰退していくのは、『宇宙戦艦ヤマト』で始まり、『機動戦士ガンダム』でできてしまった「キャラクタープラモはディスプレイ」という流れが大きな要因のひとつであることは間違いがない。はたして、ゼンマイメーカーは現在の日本国内にまだ存在しているのだろうか?
そんなプラモデル業界の環境下で、40年間一度も再生産されていない「ゼロX号用のゼンマイ」が、どう考えても存在しているわけがないのである。そして、ゼンマイだけでなくゴムタイヤやその他の金属パーツ、デカールといった副資材の調達も同様に難しくなっている。いっそのこと、金型を改造して「完全ディスプレイモデル」とすべきなのか!? それとも販売価格が高額になったとしても、ゼンマイを初めとする副資材を再現すべきなのか!? ファンは、どんな形の復刻を望んでいるのか!? 我々は、意見を聞くべくコレクターでありサンダーバード研究家の伊藤秀明氏を訪ねることにしたのである。
文/加藤 智(トイズワークス)
月刊電撃ホビーマガジン2月号(メディアワークス発行)
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投稿者 TOYSWORKS : 2007年03月23日 17:14
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