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2008年02月05日

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第35回 大きい事は良いことだっ!
今井科学『(ビッグ)マイティ号』

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03503.jpg 特撮番組としては初の一時間枠作品で、1968年当時、TVドラマとしても最高額の製作費1000万越え作品。ウルトラマンで大ヒットを取った円谷プロ制作の大人向け特撮番組であり、円谷英二肝入りの注目作だった。しかし言われている以上に『サンダーバード』を意識した特撮と、渋い配役とは噛み合わず13話で打ち切られ、路線を子供向けへと変更して30分番組として再スタートした『戦え!マイティジャック』も26話で終了している。

 イマイは『サンダーバード』の大成功により、ビークルメカでも大ヒットが取れる! と確信し、1968年もSF特撮番組の更なるブームとなる、と予測。社員を大増員し、完全自動の生産工場を建て、『サンダーバード』の新商品も生産しつつ『キャプテンスカーレット』と『マイティジャック』、双方の版権を取得し、一気呵成にプラモの量産に踏み切った。
 が、その結果は思わしくなく、翌1969年には倒産の憂き目にあった。いずれのシリーズのキットたちも、サンダーバードよりも凝った作りとなっていたが、子供たちの心は特撮番組から去り、世はスポ根ブームで湧き、『戦え!マイティジャック』はその筆頭たる『巨人の星』の裏番組という不幸さだった。当時イマイはこれらの他にもオリジナルメカやYS-11などのスケールモデルも生産しており、市場は飽和状態となり、子供たちの限られた小遣いでは一ヶ月間に複数のプラモデルを買う事は出来なかったのだ。
03504.jpg 当時のイマイのキットは、サンダーバードで得意としたところの、沢山のギミックを付加するという方向だった。このキットの初版は1968年の年末商戦時期に発売されたキットで、艦内に艦載機4種を格納し、ミサイル発射、主翼の展開、モーターによる走行、というものだった。
 当時小4だった筆者にとって完成時に全長500ミリを超えるこのキットはとにかく巨大で、無塗装のまま転写マークを貼ってみたが、モールドカラーのブルーグレーがなかなか様になっていた。小松崎先生の箱絵も含め、マイティ号は青いイメージが強いが、当時、向ヶ丘遊園で行われたイベントで、マイティ号の巨大プロップを見たが、テレビのブラウン管で見たものとあまりにも色が違うので驚いた。ほぼ銀色、というイメージだ。それが展示スペースの小屋の天井から無造作に吊られていた・・・。酷い扱いだ。
 しかしこの時期のイマイのキットは、形状が随分とオリジナルに近く、80年代初頭に再販されたおりに、模型誌(ホビージャパン)で、これらイマイのマイティジャックやキャプテンスカーレットのキットの改造記事は紹介した覚えがある。サンダーバードのプラモ開発時には資料が全くなかったが、このころになるとスチール写真も豊富で、なにより設計者たちが新スタッフとなったことがおおきいだろう。以前も書いたが、キャプテンスカーレットやマイティジャックの設計は当時新入組みの手によるもので、イマイ倒産直後にバンダイへと移籍することとなるスタッフたちの仕事だった。このマイティ号も後にバンダイ模型で初のガンプラ、1/144ガンダムを設計することとなる村松氏の設計だった。
03505.jpg 当時木型製作を請け負っていたのは静岡の木型屋『諸星木型製作所』の諸星氏で、木型製作時にも撮影用モデルのスチル写真を参考にした。結果的に主役級のメカたちしかキット化されなかったが、敵の戦闘機たちの木型も発注され製作したが、売れ行き不振のため途中で開発は中止された。同氏から敵戦闘機の木型製作風景のスチルを見せていただいたことがあったが、まことに残念だ。
 手元にあるのは1980年代に再生産されたキットたちだ。一部ギミックはオミットされているが本体は当時のままなので、いつかディスプレイキットとして完成させようと、思っている。

投稿者 TOYSWORKS : 2008年02月05日 14:39

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