2008年01月12日
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第29回 マルイ(ブルマァク)『マットアロー1号(1/72)』
まずキットのアイデンティティについて。初版は『帰って来たウルトラマン』放送当時、ブルマァクからミサイル発射・ゼンマイ走行キットとして300円で発売された。現在手元にあるのは、マルイから再版されたもの。初版当時はオイルショックで石油関連製品が軒並み高騰しプラモデルも短期間で売価が上がる、という受難の時代だった。1/72とスケール表示があるが、これは確か再販時に付記されたもので、発売当初から設定されていたものではない。このキット当時のSFメカとしては非常によく似ており、ギミックのために形状を犠牲にしていない。翼端灯までモールドされている再現度はアッパレだ。
当時はすでに模型専門誌(プラモデル専門誌)が発売されていたが、紙面は大人対象で、その誌上で取り扱われるのは全てスケールモデルだけに限られていた。そのため、例えばMA誌の表4(裏表紙)にハセガワ1/32のセイバーの発売告知が載れば、その発売当日、模型店に行けば良かった。
がしかし、このマットアローなどのキャラクターものの類は、何時、どんな新製品がどんなラインナップで発売さけるのか、などの情報を伝えてくれる媒体は無く、唯一自分の足で歩いて確かめるしかなかった。
でも当時はまだまだプラモデルが元気な時代で、街に模型屋が多かったため、都内だと自転車で行ける距離の模型店、玩具店を数件まわると、だいたいどんな新製品が発売になったのかが把握できた。当時ブルマァク版の『マットアロウ1号』『マットアロウ2号』『マットジャイロ』はプラモデルも置いている玩具店で、50円サイズの同3アイテムは、雑貨店で購入した。これら6アイテムはどれも当時としては劇中の撮影用モデルに非常に似ており、腹のゼンマイボックスこそ出っ張っているものの外観は申し分のない出来だった。1号の場合、どのサイズの撮影モデルを対象にするかによるが、相対的にキットはウィングスパンが少々短くキャノピーが機体に対して大きいようだ。
またこの金型を使った銀メッキ版のキットもあった。ゼンマイ走行はそのままで更にモーター駆動するプロペラ・ユニットがセットされていて天井から紐で吊るして旋回させるというアクション付きだった。
筆者が遅れて買ったのか、それとも発売自体が遅かったのかは未確認だが、ブルマァク版の『マットスペース』(ゲストメカで、アロー1号の宇宙仕様・スペース・アローが正式名称)もあり、これは再版されていないようでレア・アイテムらしい。エアインティクが塞がり、代わりにロケットエンジンを積んでいるのが見て取れるというコンセプチュアルなメカだった。がんばればアロー1号から改造できないことも・・・無い。
ブルマァク版は清々しい空色のモールドカラー、手元にあるマルイ版はシルバーグレーと白の二種類だ。で商品名は、ブルマァク版は『マットアロウ』でマルイ版で『マットアロー』となった。
マルイ版はコクピット直後と2枚の尾翼の間に滑車を取り付け、尾翼側の滑車に輪ゴムでゼンマイからの動力を伝え、部屋の中に張った紐をロープウェイのように伝って走る!というギミック付。箱には「ゼンマイで空中も陸上もかっこよくはしります」と書かれている。ただしゼンマイで走行させたり飛ばすと間違いなく機首と両翼の突起物は折れてしまう。またマルイ版には翼下から発射されるミサイルの標的として二体の怪獣の切り抜きが入っていた。
当時すでに中学生だった筆者はゼンマイボックス切り取りに苦労した。モーターツールなど無かったので、ハンダゴテの先にカッターナイフの付いた凶悪な工具を使用して肉厚なキットの切断を行っていた。これは当時の秘密兵器なのだが、本来ハンダゴテは溶接目的で使うツールであって、いくら先端にカッターナイフを付けたからと言って想像したようにプラスチックがサクサクっと切れるわけではなく、慣れないとその切断面が悲惨な事になる。それ以前にプラスチックを溶かして切断するわけで、体に優しくない黒い煙が発生するというかなり乱暴な工作だった。そうして切り取った後、ぶっ太い板ヤスリで切断面を力任せにゴリゴリしてプラ板で穴を塞ぐという工程で、当時多くの、特に走行アクション付きプラモをこの方法でディスプレイに改造した。
ディスプレイ仕様というとカッコ良く聞こえるが、翼下のミサイル発射機構は気に入っており、ゼンマイは取りはらったものの、ようするにギューンと手で飛ばして遊ぶことには変わらない。ただし当時ようやく35ミリ一眼レフを手に入れたので、一番細いナイロン製釣り糸でアローたちをって特写した。この時初めて、糸とモデルをどうくっ付けるのかという単純なことがすごく難しいことを知った。意図は見えなくても取り付け器具などが見えてはなんにもならないのだ。その事はまた後日に。
撮影用モデルはFRPのボディに翼はバルサ製だそうだ。去年、池田憲章氏に誘われてマットアローなどの特撮モデルを制作していたヒルマモデルクラフトさんに取材に行く予定だったが、残念ながら筆者は行けなかった。また後日別の機会におうかがいさせて戴きたい。
マルイ版の箱絵は梶田達二先生の傑作だ。後方で格闘しているウルトラマンと怪獣も背景的ではなく書き込まれ、なによりアローの銀色と赤が強調されていてインパクトがある。ただしパイロットはかなりオーバースケールだが、2号、ジャイロの3アイテムは、この手の箱絵にありがちな極端なディテールの誇張などもなく、その機体の質感やアイテムのフォルムを良く捉えていて好感が持てる。メカでは無いが同じシリーズでウルトラマンのキットも梶田先生による箱絵だった。
機体の赤いマーキングはデカールで、当時作った感想だとオリジナルのそれをよく反映していた。当時は必ず兄弟や、あるいは近所にプラモデルのマスターが居て、若いモデラーは彼らの指導を受けた(笑)。全面シルバーなどの金属色のものは、筆で塗る時はまず一度塗ったら完全に乾いてから最初の塗り方向とは別の塗り方向に筆を運んで二度塗りすると上手くいく、ということをそのマスターから聞いて、そんなに上手くいくものかい! と思いながらも実行したところ驚くほどハケムラのない塗装が出来てびっくりした。しかし後日そのマスターの作ったレベルの1/49(なんてスケールだっ!)のF102の全面ジュラルミン塗装を見て腰を抜かした。薄めたシルバーで3度塗りし、最期にクリアーが吹いてあって、本当に金属に見えたっけ。プラモデルは深いのだ。
マルイ版発売当時作ったアロー1号は、確かホビージャパン誌80年、夏のSF特集号のSFキット紹介コーナーに載せたと思う。数ページの企画で数十点のSFキットを紹介したと思うが、それらは全て当時の筆者の部屋の棚に飾っていた完成品を紹介したものだった。当時、実質的な編集員は(O編集長以外には)N氏と筆者との2人だけ・・・というなんとも凄まじい時期で(ただこの直後にそのN氏も突然退社し、一時期O編集長と筆者だけ・・・という時期もあった。どうして本が出でいたのか不思議だ!)確かそのページも大慌てで徹夜で急造したと記憶する。版下まで自分で作ったはずだ。それらの完成キットたちは、例によって今どこに行ったのか・・・全く記憶がない。
投稿者 TOYSWORKS : 2008年01月12日 14:39
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